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朝日と霧に包まれた緑の山道

FOUNDER

発起人紹介

一人の看護師の想いから始まったプロジェクト。その原点と歩みを綴ります。

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FOUNDER / REPRESENTATIVE

寺田 絢咲

AYASA TERADA

看護師 / 保健師 / SPRING MEDICAL EXCHANGE 発起人

2002年12月生まれ。石川県金沢市出身。

PROFILE

プロフィール

金沢大学附属高校を卒業後、石川県立看護大学へ入学。
2025年3月に大学を卒業し、同年4月より滋賀県の民間病院に病棟看護師として入職。

2025年10月からは、予防医療サービスを提供する民間企業に保健師として在職しています。

看護師・保健師として臨床・予防の現場に立つ傍ら、学生時代から続くライフワークとして SPRING MEDICAL EXCHANGE の活動に取り組んでいます。

ENCOUNTER WITH NURSING

看護との出会い

看護の道を志したきっかけは、SMEを語るうえで欠かすことのできないエピソードです。

私は幼い頃、がんで入院している祖父母に会うため、頻繁に病院を訪れていました。その経験からか、幼少期は「お医者さんごっこ」が大好きで、医師になることを夢見てきました。

しかし、転機は高校1年生のときに訪れます。

初めて「保健師」という職業の存在を知り、看護の奥深さに深く感動したのです。

みんなが健康でいられる社会に貢献したい。
病気になっても、仮に病気が治らないとしても、
人々が幸せに生きられる社会を実現したい。

この想いが強くなり、看護の道へ進むことを決意しました。

看護は、病気の人も健康な人も、赤ちゃんもお年寄りも、幅広い人を対象にできる、無限の可能性を秘めた領域です。私はその可能性に魅せられ、「看護 × ○○ で新しいチャレンジを!」というモットーを掲げて、大学4年間を過ごしてきました。

OUR STORY

SPRING MEDICAL EXCHANGE を立ち上げた経緯

1

2024

医療現場のゴミとの出会い(2024年)

看護大学での演習や病院実習を通して、私は医療現場から大量に廃棄されるゴミを目の当たりにしました。

「これに対して、何かできることはないだろうか」

そう真剣に考えていたときに、金沢市と共同で運営されているスタートアップ・インキュベーション組織『TENJO KANAZAWA』が主催する『のまち・アクセラレータープログラム』の一環として、この課題に取り組む機会をいただきました。プロジェクトが本格的に始動したのは、2024年5月のことです。

2

リサーチと視察で見えた事実

活動を進める中で、私はいくつかの重要な事実に出会いました。

  • 気候変動が、人々の健康を害しているという現実
  • 医療分野は、航空業界を上回る温室効果ガスを排出しているという事実
  • 「ゴミを減らす=環境にやさしい」という単純な図式は成り立たないこと
  • 目指すべきは「削減」ではなく、医療者にも環境にもやさしい「資源循環」であること

産業廃棄物処理業者への視察、看護職への聞き取り、そしてプラネタリーヘルス専門家会合への参加。現場を歩き、当事者の話を聴くほどに、課題の輪郭がはっきりと見えてきました。

3

「削減」から「交換」へ、名前が変わる

そこでたどり着いたのが、交換(EXCHANGE)というコンセプトでした。

医療従事者、メーカー、産業廃棄物処理業者。医療産業に携わるすべての「同志」が、知恵と技術を出し合う。そこから新しい潮流が湧き出す「源泉(SPRING)」のような場を創りたい。日本の「もったいない」の心と技術が、やがて世界の新しい医療の「起源(SPRING)」となるように。

こうしてプロジェクトは『SPRING MEDICAL EXCHANGE』と命名されました。
当初の副題は、【 — Achieving Circular Economy in Medicine — 】。
「日本の医療産業におけるサーキュラーエコノミーの実現」を掲げていました。

4

2025

机上から臨床へ、想いの深化(2025年)

2025年4月、私は看護師として初めて臨床現場に立ちました。

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そこで目にしたのは、限られた人員の中で懸命に医療を支える現場と、日々大量に使用・廃棄される使い捨て医療資材でした。
さらに調査を進める中で、医療機関の経営難や資材価格の高騰など、日本の医療を取り巻く厳しい状況も見えてきました。

  • 深刻な人手不足と、医療現場の疲弊
  • 医療機関の赤字経営や、倒産・休廃業の増加
  • 医療資材の価格高騰による経営負担
  • 大量に使用・廃棄される使い捨て医療資材

「このままでは、日本の医療が持たない」

その現実を前にして、私は強い危機感を抱きました。
同時に、自分が本当に目指したいものが、はっきりと見えてきました。

「持続可能な医療と看護の実現」 

環境、経営、人材、教育の問題は、別々に存在しているのではなく、互いに複雑に結びついています。だからこそ、看護職の視点を起点に、モノ・人・仕組みを包括的に見直していきたいと考えるようになりました。

この揺るぎない決意をプロジェクトの旗印とするため、副題を変更しました。

— Achieving Sustainable Health Care —

両手で包み込むように持たれた緑の苗

MY COMMITMENT

SMEにかける想い

この挑戦を、一人の物語で終わらせたくありません。

SMEの活動と歩みを通じて、新しい看護職のあり方を示したい。
看護職が従来の役割にとどまらず、医療業界を、日本を、そして世界を変える力になれる——
その一例を自らつくることで、世界中の看護職をエンパワメントしたいと考えています。

看護と看護職がもつ、無限の可能性を証明したい。

これが、私の想いです。

ともに歩む仲間を、一人でも多く。

そう願いながら、これからも歩みを進めていきます。